京都100年企業研究会 生き残り経営支援

京都の100年企業の現場から学んだ秘訣をもとに、これから100年を目指して頑張っている企業の経営者・後継者の支援を行っています中小企業診断士の林勇作です。実績重視のご提案がモットーです。

福島原発付近を視察してきました。酷いものでした。

福島県へとある経営者団体様から講演の依頼をいただき、

16日から18日に東京経由で行って参りました。

その模様を写真でレポートしたものをフェイスブックに

上げましたので、お時間のあるときにご確認ください。


https://www.facebook.com/bobyusaku


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もともと前回の東日本大震災を機に結成された11会という経営者団体の

方からのご依頼で福島まで行って参りました。

講演はいつもどおりなんとか盛会裏に終了させていただきました。

その翌日幹事の方がわざわざ車で、福島原発の付近まで

お連れ下さり、ご説明を聞かせていただきました。

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以前寄せていただいた宮城県の南三陸町も当時は瓦礫の山だらけで

大変な状態でしたが、今は大方がれき処理も終わり

人も戻りつつあるとお聞きしています。

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しかし福島県の南相馬市周辺、よく名前の出ていました

飯舘村など人々が放射能のせいで戻れないものですから

人をほとんど見ることなく、海岸沿いは津波の被害とで

ダブルパンチでしたので瓦礫の山はそのまま、

倒壊寸前の家屋もそのままという全く手付かずの状態で

いつになったら戻れるかの予定もつきません。

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かなりの方が福島市や山形県などの熱い支援のおかげもあり

移住されているそうです。

この現場を見ると福井県の大飯原発が次々と運転再開していく

ことは大変恐怖に感じました。

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2枚目の写真は放射能のレベルを示すものです。
通常は0.04程度のものが2.65となっています。

ここは飯舘村のある小学校の校庭にだたひとつ動いているものでした。

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何事にも絶対ということはなく、想定外だったという一言で

長年住み慣れた町や村をでなければならない住民の気持ちを

落ち着かせることは絶対できないと思いました。


政府の方々も行政の方々ももっと皆が現場にとどまり、

地元の方々の声を聞けば、本当に大事なことが見えてくる

と思えてなりませんでした。

久しぶりに観ました一休さん(実写版)泣けますね、やっぱり。

ひとやすみを漢字で書いて「一休」なんですよね。

よく子供の頃、アニメの一休さんを見ていて

コマーシャルに入る前に、横になった一休さんが

『あわてない、あわてない ひとやすみ ひとやすみ』

と言っていたのを思い出し、改めてその意味するところ

を考えさせられました。

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後の一休宗純が詠んだ一句

「有漏路(うろじ)より無漏路(むろじ)に帰る一休み

雨ふらば降れ 風ふかば吹け」

「人生は(煩悩溢れる)この世から、来世までのほんの一休みの出来事。

雨が降ろうが風が吹こうが大したことない」

一休が24歳の時に詠んだ一句から時の師匠華叟から

その中の一節を取り一休という号を授けたという。

子供の頃から一休さんではなかったのですね。

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父は南朝方から神器を受け取り南北朝統一の象徴となった

北朝の後小松天皇。母は藤原一族、日野中納言の娘・

伊予の局(つぼね)。よって一休は天皇家の列記とした

子孫でした。 今彼の墓は酬恩庵(一休寺)にありますが、

宮内庁の管轄として一般公開されていないのです。

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しきたりや形式を嫌い、禅僧ながら肉を食し、女性を愛し

自由奔放な人生を送ったことはあまり知られていない

事実です。

「一貫して権威に反発し、弱者の側に立ち、民衆と共に生き、

笑い、泣いた。庶民と一緒になって貧困や飢餓にあえぎ、

贅沢に溺れる権力者や、人々から偶像視され得意になり、

地位を上げることしか眼中にない宗教者たちを口を極めて痛罵した。」

とされています。87歳の天寿を全うした生涯で我々に残した

最後の言葉が --「大丈夫。心配するな、何とかなる」。

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久しぶりに見た一休さんについて、少し歴史を振り返り、

今の世の中にも通じる想いを感じたのでした。



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中小企業診断士 林 勇作

中小企業診断士 林 勇作

日本の将来特に経済はどうなるのだろう。もやもやとした不安感に取りつかれながら考えました。優秀な企業のDNAを引き継ぎまだまだ日本もやれるというところを見せるため、私の人生を賭けてみよう。次世代経営者研究会を立ち上げたきっかけでした。

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